私の旦那はオーストラリア人だ。結婚の挨拶でオーストラリアへ行った日のことを、よく覚えている。
旦那の両親は私と初対面にもかかわらず、すぐに「Shiori」と名前で呼んでくれた。ファミリーネームでも、「旦那の奥さん」でもなく、ただ私の名前で。それだけのことなのに、胸の奥がじんわりと温かくなった。
さらに何度も旦那のお母さんから「ラブリー」と声をかけてもらった。日本ではなかなか耳にしない言葉を、こんなにも自然に言えるのかと少し驚いた。
そして夜、就寝前のことだ。
旦那がお母さんの寝室へ行き、おやすみのキスをしていた。そして私に「Do you want to say good night to my mum?(お母さんにおやすみって言う?)」と聞いてくれた。
正直に言うと、私はお母さんへのキスに少し戸惑った。日本で育った私には、家族間でそういった触れ合いをする習慣がなかったからだ。ましてや、旦那のお母さんの頬にキスをするなんて、とても考えられないことだった。(結果的にできたが、なんだか小っ恥ずかしくなった)
いくつになっても、お母さんにキスができて兄弟に会えばハグができる。それを恥ずかしいとも思わず、特別なこととも思わずにできる環境で育つということは、どれほど豊かなことだろうかと痛感した。
思い返せば、ニュージーランドでワーキングホリデーをしていた時にも、似たような感覚を覚えたことがある。
ファームステイ先に、3歳くらいの女の子がいた。夜になると彼女は1人で自分の部屋に入り、寝る時間になるとギャン泣きをする。
しかし、お母さんは泣き止ませようとするわけでもなく、部屋に入って抱きしめるわけでもなく、ただ扉の外で静かに見守っていた。1人で眠れるようになるために、あえて泣き止ませようとせずただ見守っていたのだ。
日本では考えにくい光景かもしれないが、小さい頃から自立を促しているのだなと、親の役割を果たしている姿に感動した。
そのファームステイ先では、子どもの面倒を私に任せて、夫婦2人で出かけることもよくあった。子どもが寝た後は、大人だけで映画を見たりゆっくり話したりする時間を大切にしていた。
日本では「子どもを置いて」と後ろ指をさされることもあるかもしれない。親が親自身の時間を持つことや夫婦だけの時間を楽しむことは、親と子がお互いに自立していくための、大切な営みなのではないかと思う。
愛情の表現に正解はないし、日本が愛情の薄い国だとは思わない。私の家族はハグもキスもしないが、だからと言って愛情がなかったわけではない。
ただ、言葉にすることや体で示すこと、そして適切な距離を持つことが当たり前の文化の中で育った人間の持つ柔らかさと強さを、旦那の家族やニュージーランドで出会った人たちから何度も教えてもらった。
いつか子どもができたら、たくさんハグとキスをしたいと思っている。不思議なことに、日本語で「愛しているよ」と言うのは難しく感じるが、英語で「I love you」と言うのは簡単だ。
まだ親になっていないからこそ、簡単にできるかはわからない。それでも、旦那の家族やファームステイ先の家族が見せてくれた温かさと自立を、次の世代に手渡していけたらと密かに考えている。
