沖縄に来て、「貧困」という言葉のイメージが変わった。
以前の私は、貧困と聞くと、食べるものがない、生活ができないという、目に見える困窮を想像していた。もちろんそれも貧困の1つだと思う。だが、沖縄の暮らしに触れたとき、今の時代の貧困はもっと”見えにくい形”で現れることを知った。それが経験の差だ。
「旅行へ行ったことがない」「習い事をしたことがない」「家族で外食した記憶が少ない」「やりたいと言えない」「最初から諦める」。そんな小さな積み重ねとして、子どもたちに現れている。
沖縄は観光地だ。きれいな海があり、リゾートホテルが並び、全国から観光客が訪れる。その一方で、子どもの貧困率が高い地域としても知られている。最初は、そのギャップが不思議だった。こんなに観光客がいてにぎわっているのに、どうして貧困が深刻なのだろうと。
沖縄では、観光業や飲食業などサービス業で働く人が多い。その分、非正規雇用も多く、収入が不安定になりやすい。さらに車社会で生活するだけでもお金がかかる。ガソリン代、保険、車検。子どもがいれば、食費や学用品も必要になる。毎日を回すだけで精一杯な中で、子どもに「体験」を与える余裕がなくなっていくのだ。
また、沖縄は移住先として人気が高く、県外から多くの人が移り住んでいる。観光需要も重なり、不動産価格は上昇している。その一方で、地元の若い世代からは「家が高くて買えない」という声も少なくない。リゾートマンションや新築物件が増えていく景色を見ながら、”豊かさ”とは誰のためのものなのだろうと考えることがあった。
もちろん、全ての家庭がそうではない。しかし、「県外へ行ったことがない」「飛行機に乗ったことがない」「習い事は高いから無理」、そんな言葉を関東にいた頃よりずっと身近に聞いた。
そして、それは単なる経験不足では終わらない。子どもは自分が見た世界の中からしか、未来を想像できないからだ。いろいろな場所へ行った経験、誰かに応援された経験、好きなことに挑戦できた経験。
そういう体験の積み重ねが、「自分にもできるかもしれない」という感覚を育てていく。逆に、経験する機会が少ないと、「どうせ無理」「自分には関係ない」と、挑戦する前から諦めてしまうこともある。
私は、今の時代の貧困はここに現れるのだと思っている。お腹が空いているかどうかだけでは測れない。「どんな経験をしてきたか」「どれだけの選択肢を見られたか」、そこに大きな差が生まれている。
ただ、沖縄には救いもある。子ども食堂や居場所支援など、地域で子どもを支えようとする活動がとても多く、皆で子どもを育てるという空気を感じる場面もあった。だから私は、「沖縄はかわいそうな地域」だとは思わない。むしろ、課題が見えているからこそ、人と人との距離が近く、支え合おうとする力も強い場所なのだと思う。
子どもの貧困は、「お金がないこと」だけではない。経験できるはずだったこと、挑戦できたかもしれない未来、そうした可能性の差が現代社会に現れている。
子どもの貧困は「経験の差」として現れる
