虐待や貧困など、様々な事情で家庭で暮らせない子どもたちがいる。その子どもたちを支えるのが、児童養護施設や里親制度といった「社会的養護」の仕組みだ。
元児童養護施設職員の藤原直美さんは今、里親として子どもたちを迎え入れている。20代で社会的養護の現場に立ち、心に傷を負った子どもたちと向き合う中で見えてきたのは、愛を知らずに育ち、大人への不信を心に刻んだ子どもたちの静かな叫びだった。
「家族の形に正解はない」
そう語る藤原さんの歩みを通して、社会の中で見過ごされがちな“家庭を必要とする子どもたち”のリアルと、里親制度や社会的養護についてお届けする。
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教員志望から児童養護の現場へ
藤原さんはもともと教員志望だった。子どもが好きで大学で教育を学び、教壇に立つ自分の姿を思い描いていたという。だが、教育実習で出会った何人かの生徒が、藤原さんの進路を大きく変えることになった。
教育実習で担当したクラスには、どこか気になる生徒がいた。先生に必要以上に懐いたり、突然教室を飛び出したり。その行動の裏に何かがあるのではないかと直感した。
担当の教師に生徒の生い立ちを尋ねると、「今は生徒の生い立ちよりも、クラスをまとめたり、勉強を教えたりすることに集中して」と言われた。教師としては当然の助言だったが、藤原さんの心には違和感が残った。
「この子たちに必要なのは、学びを教えることだけなのだろうか」
大学を卒業すれば教員にはなれる。でもこのままでいいのかと感じていた頃、学習ボランティアの依頼が届き児童養護施設と深く関わる道へ行く。
学習ボランティアとは、放課後の小学校で宿題を教えたり、児童養護施設で暮らす子どもたちの話し相手になったりする活動である。藤原さんは施設でボランティア活動をしながら、自分が本当にすべきことを見つけたという。

「勉強を教えることよりも、その子の人生の背景に寄り添うこと。教育という枠の外にある“生きづらさ”の背景にこそ、自分が向き合うべき現実があるのではないかと思いました」
ボランティア活動をしていた施設で、使命感にも似たような目指す道を見つけた藤原さん。児童養護施設の職員になるには、一般的に保育士・社会福祉士・児童指導員などの資格が求められる。
藤原さんは幼稚園・小学校の教員免許を取得していたため、「児童指導員任用資格」を満たしていた。施設の方に「春から働けますか?」と施設職員になりたい旨を伝え、大学卒業後の春から施設職員として働くことになった。
若くして親代わりになる現実
20歳そこそこの若さで、施設で暮らす子どもたちの“親代わり”になる生活が始まった。
施設には、笑顔の奥に傷を隠した子どもたちがいた。全身やけどだらけの子や、まともにご飯を食べさせてもらえなかった子——。自分がどれだけ恵まれていたのだろうかと痛いほど感じた。
「私は施設ではなく一般家庭で育ちました。辛い経験をしたことがないからこそ、どうしても『かわいそう』と同情が出てしまう。でも、子どもたち全員に共通していたのは、同情ではなくお母さんからの愛情を欲していたんです」
「抱っこして」と言えず、代わりに他の子を叩いたり、わざと問題を起こしたりして大人の注意を引こうとする。怒られている最中だけは、確実に大人が1対1で自分を見てくれるからだ。
「試し行動と言われる行動です。どこまでやったら大人は離れていくのかを見ているんです。心の底では、ただ受け入れてほしいだけなのに、遠回りしてしまう」
そんな子どもたちと日々向き合う内に、藤原さんは「大人を信用できない」子どもたちの背景に、社会全体の構造を見た。
かつては子どもたちが18歳になったら施設を出なければならなかった。現在は延長措置で20歳まで施設にいられるが、それでもなお「社会に放り出される」感覚は残る。
身寄りが全くなければ、住居契約の際の保証人問題や働き口など、親のいない若者たちは、最初の一歩からつまずくのが現実だ。
藤原さんは「本人が悪いわけじゃないんです。でも、女の子は自分の空っぽの愛情を夜のお仕事に求めてしまったり、男の子は薬物や闇バイトに流れたりと、そういう子をたくさん見てきました」と語る。
生まれた瞬間から施設で育つ子と、小学生になってから入所する子。どんなに複雑な事情を抱えていても、「赤ちゃんのときに、お母さんがそばにいたかどうか」は、その子の一生に深く影響する。
「同じ年齢でも、言葉の響き方や受け止め方がまるで違うんです」
もちろん、全てが一様ではない。親と過ごしたからといって、誰もが安定して成長するわけではないし、施設で育ちながらもしっかりと自立していく子も多い。
母と子の関係を「良し悪し」で語ることはできないが、「一緒にいた」という事実だけは、確かにその子の中で生き続ける。藤原さんは長年、子どもたちを見守ってきた中で、そう確信するようになった。
児童養護施設の過酷な労働環境
朝は子どもたちを起こすことから始まり、朝食を食べさせ、学校へ送り出す。子どもたちが学校に行っている間に掃除や事務作業を行い、休憩を挟んだ後、寝かしつけをして仕事は終了だ。
藤原さんは「最初の3年間は住み込みでした。夜勤が月4回ほどあって、次の日の朝9時頃まで働く。オンとオフの境界がない日々でした」と振り返る。
拘束時間が長い上に、子どもたちから「死ね」「消えろ」などの罵詈雑言が飛ぶ日々。朝「おはよう」と部屋に行っただけで、「来んじゃねぇ。死ね」と言われることもあったという。
頭では子どもたちに悪気がないことを分かってはいても、毎日言われ続けると、人間のメンタルは壊れてしまう。

「退職届はずっと机の引き出しに入れていました。感情移入しすぎると苦しくなってしまうから、ある程度“線を引く”ことを覚えました。冷たいと言われることもありましたが、それくらいの距離を取らないと、自分も壊れてしまうんです」
それでも藤原さんには「簡単に辞めない」と決めていた信念があった。
「子どもたちは、大人がすぐに辞めていく姿を見て傷つくんです。どうせ大人は裏切ると感じてしまう子もいる。だから私は、自分の結婚という人生の節目をもって退職しようと決めていました」
里親として実子と里子と暮らす
結婚後、施設を退職した藤原さん。しばらくの間は子どもに恵まれず、不妊治療を続けた。
「もし授からなかったとしても、養子という選択があると分かっていました。もしかしたら、神様がそういう子の親になれと言っているのかもしれない――。そう思えたんです」と振り返る。
「退職後、実子を授かる前から、いつか里親になりたいという気持ちはありましたね。主人も『そういう子を迎え入れるのもいいね』と言ってくれました」
養子を迎えることを考えていた矢先、子宝に恵まれた。念願の子どもを授かり子育てに奮闘する中で、ふと頭に浮かんだのはこれまで面倒を見てきた施設の子どもたちだった。
何か今の自分でもできることをしたいーー。この思いが藤原さんの心を動かし、実子とともに里親として里子を受け入れる決意を固めた。

現在は実子2人(小1と小3)と里子2人(年中と中1)、そして週末だけ預かる幼児(3歳)がいる。たくさんの子どもが暮らすにぎやかな家の中には、血縁を超えた温かさがある。
週末だけ預かる子ども――。それは「週末里親制度(ショートステイ型里親)」だ。
親が一時的に子育てを休みたいときや、里親がリフレッシュを必要とするときに、子どもを短期間預かる制度である。「レスパイト(休息)」と呼ばれ、里親にも“休む権利”を認める仕組みだ。
「ずっと子どもを見ていると、どうしても疲れてしまうことがある。そんなときに一時的に預けられる制度が整っているんです」と藤原さんは説明する。
国や自治体が運営する「ショートステイ」もあるが、児童養護施設に預けることへの心理的ハードルから、利用をためらう保護者も少なくない。「虐待していると思われたらどうしよう」と感じてしまう方が多いからだ。
だからこそ、週末だけ別の家庭で過ごす「週末里親制度」は、親にも子どもにも安心できる受け皿となっている。
海外で見た「家族」の多様性
藤原さんが里親制度に関心を持ったのは、中学時代に短期留学で訪れたニュージーランドでの体験だ。
「海外では里親の存在がすごくオープンで抵抗がない。いろいろな家族の形があって、それが自然なんです。日本はお父さん・お母さん・子どもという形にこだわりがちで、どう見られるかをすごく気にしてしまう。でも、海外では家族の形はひとつじゃないのが当たり前でした」
一方で、当時の日本の里親制度は、今よりもずっと整備が遅れていた。里親の家庭に行っても、うまくいかずに施設に戻ってきてしまうことも。里親側も施設側もサポートの仕組みが十分ではなかったという。
それでも国全体では、「家庭的な養育」へと方向転換が進んでいる。かつては大規模な児童養護施設で大勢の子どもたちが生活していたが、近年は小規模な「グループホーム」型に移行し、より家庭に近い環境を整えている。
「生活の場を家庭に近づける流れが、ようやく広がってきたと思います」
里親家庭では、里子に対する支援や心理的ケアの制度は充実している一方、実子へのフォローは手薄だ。「寄付や行事の案内には“実子を除く”と書かれることが多い。同じ家で暮らしているのに、家族の一員として見てもらえないんです」と語る。
藤原さんは、毎年東京都や国へ「実子支援制度の整備」を求める要望書を提出している。「事例が増えてから制度をつくるのでは遅い。最初に整えておくからこそ、次の人が『自分もやってみよう』と思えるはずです」と語気を強める。
“根治”のために。母親を支える居場所づくり
今、里親として子どもを預かるだけでなく、地域の母親支援にも力を注いでいる藤原さん。
「里親制度は“対症療法”でしかないんです。子どものケアはできても、根本の原因であるお母さんの孤立や貧困は解決できない」
その思いから、自宅でクローズド型の子ども食堂を始めた。行政や社会福祉機関と連携し、相談に来た家庭にだけ案内を出す仕組みだ。
「本当に困っている人ほど、どこに行けばいいか分からないし、情報をキャッチできない。お母さんたちのサポートが根本治療だと思っています」
今後は、子ども食堂や小規模のグループホームを運営し、発達障害や貧困など様々な背景を持つ親子が集える居場所を広げていく。
「今の仕組みでは何週間前に申請が必要など、すぐに助けることができません。『今辛い、今助けてほしい』に応えられる受け皿をつくりたい。最終的には空き家を再生して、シングルマザーや生活弱者の方の住居支援にもつなげていきたいです」と語ってくれた。
家族の定義を問い直す
藤原さんの言葉には、普通の家族という前提をやさしく解きほぐす力がある。お父さんがいなければいけない、こうあるべき、といった“べき論”は不要で、家族はどんな形でも正解だ。
里子の子どもには、いつもこう伝えるという。「産んでくれたお母さんがいて、育ててくれるお母さんがいる。お母さんが2人いるって、すごくラッキーなことだよ」
過去を否定せず、今を受け入れ、未来につなげる。そのまなざしの奥には、社会的養護の最前線で感じてきた“希望の連鎖”がある。

「特別なことをしなくてもいい。まずは知ることからでいいんです」と藤原さんは穏やかに話す。人は、自分が妊娠すると周囲の妊婦に気づくようになるのと同じで、少し知るだけでも見える景色は変わるはずだ。
「苦しい現実を見れば心も沈みます。光があるから影もありますが、その影の部分を少しでも照らせるように活動を続けていきます」
その言葉どおり、藤原さんの活動は今も静かに広がり続けている。家庭とは何か、愛情とは何か。その答えを“血”ではなく、“まなざし”で伝えていく姿が、ここにある。
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児童養護施設とは
親の病気、虐待、貧困など、様々な理由で家庭で暮らせない子どもたちが生活する場である。
おもなポイントは次のとおり。
- 日本全国に約600施設、約2万5000人の子どもが暮らしている
- 児童養護施設で暮らす子どもの半数以上が虐待を経験
- 入所理由で虐待の次に多いのが「放任・怠だ」と「親の精神疾患」
- 近年は「大規模施設」から「グループホーム」など家庭的な小規模形態へ移行が進む
一人ひとりに寄り添うケアが求められる一方で、職員の負担や離職率の高さも課題である。
里親制度とは
家庭で暮らせない子どもを家庭に迎え入れ、愛情をもって育てる制度である。血縁関係はないが、家庭の中で生活を共にし、社会的な“親”の役割を担う。
- 「養育里親」:一定期間子どもを預かり、成長を支える
- 「養子縁組里親」:法的にも親子関係を結ぶ
- 「専門里親」:虐待など特別なケアを必要とする子を預かる
- 「週末里親(ショートステイ)」:週末や短期間のみ受け入れる制度もある
国は「施設から家庭へ」の方針を進めているが、地域差が大きく、受け入れ家庭や実子へのサポート体制の不足が課題とされている。
