梅毒の感染者数が過去最多を更新したことを受け、漫画『コウノドリ』で描かれた「梅毒編」が、期間限定で無料公開されたことがある。梅毒は過去の病気ではなく、現在進行形の社会問題となっている。

実際のところ、どのくらいの人が性感染症を「自分事」として捉えているだろうか。関係ないと思っているうちに、気付かぬまま感染が広がっているのが日本の現状だ。

今回は、性病検査の啓蒙活動をしている「性病さん」に梅毒のお話を伺った。見えないからこそ、知ることが大事。私たちのもとに静かに忍び寄る梅毒についてお届けする。

「梅毒は過去最多」──語り手は「性病さん」

サラリーマンやマダムたちがランチとコーヒーを楽しむ中、私は一人の男性と待ち合わせをしていた。性病検査の啓蒙活動をしている、通称性病さん(以下:性病さん)に直接話を聞くためだ。

待ち合わせの喫茶店。ランチタイムでにぎやかだった

待ち合わせの時間にちょうど現れた性病さん。 グレーのスーツに身を包み、「はじめまして」と微笑みながら差し出された手は、どこにでもいそうな、ごく普通のサラリーマンのそれだった。

性病さん

「梅毒は過去最多の感染者数なんですよ。なのに男は検査に行かない」

静かな口調でそう語る彼の姿には、社会派な活動と落ち着いた雰囲気とのギャップがあり、逆にその言葉の重みを強く印象づけた。

沈黙する梅毒、広がる現実

性病検査に行くのは、ほとんどが女性だという。性病さんは「女性は、自分の体の変化に気付きやすいんです。おりものの変化や、ちょっとした違和感。それが検査へ行く行動につながります」と話す。

一方で男性は違う。

「そもそも変化に気付かないし、気付いても『大丈夫だろう』と放置してしまう。結果、症状がかなり進行してから病院に行くケースが多いんです」

梅毒の潜伏期間は、感染後3週間ほど。初期には性器や口のまわりなどにしこりが現れるが、痛みがないため見過ごされやすい。しこりが現われても自然と消滅してしまうこともあり、ますます放置される。

怖いのはその後だ。全身に発疹が出た後に臓器へと影響が及ぶ。さらに数年〜十数年後には、神経や心臓に障害をきたす「第3期梅毒」へ進行するケースもある。

また、梅毒は親から赤ちゃんにうつる病気だ。妊娠中に梅毒に感染すると、胎盤を通じて菌が赤ちゃんに届き、「先天梅毒」の状態になることがある。

何の症状もなく生まれても、あとから発疹が出たり、耳や目が悪くなったり、骨や内臓に影響が出ることもある。ひどい場合には、流産や死産の原因にもなってしまうのだ。

コーヒーを嗜みながら話が進んでいく

そんな怖い一面がある性病だが、実はすぐに治る病気でもある。原因となるのは「菌」だからだ。

梅毒の場合、ペニシリンなどの抗生物質で治療すれば、比較的短期間で菌を退治できる。早期発見で適切に治療を受ければ、後に残ることは少ない。

しかし、日本国内の梅毒感染者数は過去最多を更新している。その大きな理由は「感染したまま気付かずに過ごしている人」が多いことにある。感染初期は症状が出にくく、出たとしても痛みがなかったり、自然に消えてしまったりする。そのため「大丈夫だろう」と放置されやすい。

つまり、感染者が増え続けているのは、梅毒感染者が感染に気付かないまま他人にうつしている人が多いということだ。

性病は命に関わるような怖い病気ではない。だが、本当の恐ろしさは感染に気付かないまま誰かにうつしてしまうことだ。だからこそ、検査を受けて自分の身体を知ることが大切である。

快楽と無関心の代償

性病検査を受けない男性がこんなにも多いのかと違和感を覚える。性感染症予防をせずに誰かと関係を持つことは、自分が誰かにうつす可能性を無視している。感染している自覚がないまま、他人に渡してしまうことの恐ろしさを本当に理解しているのだろうか。

「大切な人を守るため」といっても、パートナーの概念がない人もいる。ただその場で出会った女性と関係を持ち、どうせ一度きりだからと予防もせずに済ませる。自分にとっての快楽を優先し、無関心のまま感染のリスクを広げていく。

もちろん、性行為においては男女問わず予防することが大前提だ。だが現実として、症状が出にくく感染に気付きにくいのは男性だ。そして、感染に気付かない側が感染を広げてしまう側にもなり得る。

梅毒や性感染症について無知なことが多いと気付かされた

「気持ちいいから──」。一瞬の快感と引き換えに、誰かの未来を奪っているかもしれない。そう思うと、無関心でいることの方がよほど怖い。性感染症は匿名での検査も可能で治療すれば治る病気だ。

性行為うんぬんではなく、感染や病気の恐ろしさを知らずに広げることこそが最大の問題である。男性の検査が少ない理由には、性病はどこか「恥ずかしいこと」として、タブー視されているのも背景にあるのではないだろうか。

感染症として捉えると梅毒もクラミジアもHIVも、新型コロナウイルスと同じだ。なぜか“性”がつくと急に自己責任論になり、検査や治療を遠ざける大きな壁になっている。そもそも全ての病気が自己責任であるはずなのに。

「性病は黙っていると広がる。でも行動すれば(検査を受ければ)止められる。その最初の一歩になれたら嬉しいです」と語る性病さん。

──喫茶店を出ると、東京駅の人波が熱を帯びていた。誰もが当たり前のように行き交うこの街のなかで、たしかに“声なき感染”は静かに広がっている。その事実を、私たちは見過ごしてはいけない。