発達障害の1つであるASD(自閉スペクトラム症)。その特性は一人一人異なり、家庭では、本人の描く世界と、現実との折り合いをつけるための試行錯誤が繰り返されている。

埼玉県在住の葉山ミノリさんは、ASDの長男(8歳)と定型発達(何も障害がない)の次男(5歳)を育てる母親だ。長男のASD診断を機に、急な予定変更によるパニックや「失敗」に対して強い恐怖心を持つ息子との向き合い方を模索してきた。現在は、「児童発達支援士」の資格を取得し、専門的な視点からの理解を深めている。

本記事では、ミノリさんと長男の歩みを通して、日常の中で見つけた成長の兆しや、支援を受ける保護者の視点から捉えた「正しい知識」の重要性についてお届けする。

順調な育児の中で訪れた、些細な違和感

今でこそ、ASD(自閉スペクトラム症)と診断された長男の特性を理解し、その成長を静かに見守っているミノリさん。

ASD(自閉スペクトラム症)とは

脳の機能発達のアンバランスさによる先天的障害。かつて「自閉症」などと呼ばれた個別の診断名は、現在、強弱の連続体(スペクトラム)として統合された。

主な特性は、「対人関係の難しさ」と「強いこだわり」。場の空気を読むことが苦手な一方、特定の分野で驚異的な集中力を発揮することもある。五感が鋭すぎる「感覚過敏」を伴うことも多い。育て方や後天的な問題ではなく、脳内の情報処理メカニズムに特性がある。

時計の針を戻せば、赤ちゃんの頃の長男は「手のかからない子」だったという。夜泣きはほとんどなく、親を追いかける後追い行動も少なかった。そんな育児が順調だと思っていた矢先、1歳半検診で最初の違和感が訪れる。

長男は積み木を使った知能検査に、まったく興味を示さなかった。その様子を見た保健師から「ASDの傾向があるから、相談会に行ってみたら?」と促され、発達障害に関する相談先を紹介されるようになった。この時はまだ、はっきりとした「名前」はついていなかった。

状況が動いたのは、長男が幼稚園に入園した年だ。集団生活が始まり、家でも外でも、理由の分からないパニックや扱いにくさが目立つようになっていた。

2児の男の子を育てている、葉山ミノリさん

「家での育児が大変で、担任の先生に『療育センターなどで一度診てもらおうかと思っているんです』と相談したことがあったんです。すると、先生から『家では今、どういう状況ですか?』と問いかけられました」

おそらく、担任の先生も長男と向き合う中で特性に気づき、人知れず苦労していたのだろう。このやり取りが後押しとなり、1歳半検診から2年経った3歳の時、病院へ行きASDの診断を受けた。

「ASDという言葉を聞いたとき、ショックではなく、むしろほっとしたんです。やっぱりそうだったんだなと」

しかし、診断を受けたことはゴールではない。周囲からは「成長とともに落ち着くこともある」と励まされることもあったが、ミノリさんにとっての子どもの困りごとは、未来の話ではなく「今、この瞬間に繰り返される現実」だった。

パニック中は線引きしながら見守る

長男は、あらかじめ予定が分かっていると安心できる一方、その流れが急に変わると、激しいパニックに陥ることがある。パニックが起きると、大声をあげ、物を投げ、時にはその場から逃げ出してしまう。

「追いかけると、逆にひどくなってしまう。どう対応すればいいのか、正直自信が持てない時期もありました」

人混みのど真ん中でパニックを起こした場合、まずは「皆の邪魔にならないように、あっちへ行こうか」と、目立たない方へ誘導する。以前は周囲の目が気になっていたミノリさんだが、「今はもう周りに見られても気になりません」と話す。

試行錯誤を重ねる中で、ミノリさんは「止めるべき線」と「見守る線」を引くようになった。道路への飛び出しなど、命の危険がある時は迷わず止める。それ以外の場面では、「ここまでにしてね」と安全な範囲を示した上で、あえて距離を取りながら静かに見守る。

パニックになり、歩きながら気持ちを整えている様子(提供写真)

また、今も続く課題が「失敗」に対する過度な落ち込みだ。 最近、長男が店の物を誤って壊してしまった際、まるでこの世の終わりが来たかのように泣き崩れたという。こうなってしまうと「大丈夫だよ」という言葉は、長男の心に届かない。

「もう待つしかないんです。でも、この待つ時間が一番大変かもしれないですね」

もし、焦って感情の切り替えを促せば、それまで積み重ねてきた落ち着きが一気に崩れてしまう。だからこそ、自分の感情を抑え、ただそばで待つ。その忍耐の積み重ねが、ミノリさんの歩んできた育児のリアルだった。

小さな「できたこと」を祝う

出口の見えない日々が続く中、長男の成長を感じる場面もたくさんある。今は前向きに捉えているが、かつては朝のひとときさえ、途方に暮れるほどの壁だった。

朝起きてパジャマから洋服に着替える時、長男は自分から動くことはほとんどない。服を持たせてみても、どうしたらいいか分からず、そのまま固まってしまう。ミノリさんは長男を立たせたまま、人形に服を着せるかのように、ほぼ全ての作業を手伝うのが当たり前の日常だった。

その日も、いつも通り何気なくズボンを差し出したその瞬間、長男が自分からすっと足を上げ、ズボンに通したのだ。

「本当に、それだけのことなんです。でも、この一瞬は今でも鮮明に覚えています」

周囲から見れば、ごく当たり前の出来事かもしれない。しかし、着替えを手伝い続けてきたこれまでの月日が、自分から足を出すという「意欲」に繋がった。その小さな反応こそが、何千回もの積み重ねの先にある確かな成長の証だと感じられ、胸が熱くなった。

もう1つ、ミノリさんの価値観を大きく変えたエピソードがある。

長男は「混ぜる」作業が好きで、ある日、キッチンで卵と牛乳と小麦粉を混ぜ始めた。分量はちぐはぐで、そのままフライパンで火にかけようとする息子を見て、「そんなの何にもならないよ」と口を出しそうになったが、あえて黙って見守ることにした。

すると、できあがったのは見事なカスタードクリームだった。ミノリさんは「あの時、止めなくてよかったなと心から思いました。できないことより、できたことに目を向けたいです」とにこやかに語る。

今では朝食にフレンチトーストを作ってくれるように(提供写真)

本人は完成図を描いていたわけではない。ただ「混ぜる」ことに集中し、最後までやり抜いた結果、1つの形になった。

ミノリさんは、この出来事を通して、長男の強さに気づかされたという。周囲の音や視線を気にせず、一度スイッチが入れば最後までやり遂げる集中力。それはASDの特性である「こだわり」の裏返しでもあった。

成長は一直線ではない。昨日できたことが、今日できなくなることもある。それでも、長男のペースで積み重なっているものが必ずある。揺れ動く日常で、誰かと比べるのではなく「長男の今」を丁寧にすくい取っているのだ。

発達支援と資格、知識の重み

子育ての負担を1人で抱え込まなくていいと実感できたのは、専門的な支援とつながったことがきっかけだ。

長男は、幼稚園時代の児童発達支援を経て、現在は小学校の「放課後等デイサービス」を利用している。支援の目的は、「できないことを克服させる」ことではない。困りごとを減らし、できることは増やしていく。そして何よりも、本人が「助けて」と言える力を育むことだ。

放課後等デイサービスとは

障害のある学齢期の子ども(小・中・高校生)が、放課後や夏休みなどの長期休暇中に通う「障害児の学童保育」とも呼ばれる福祉サービス。個別の発達支援や集団生活への適応訓練、あるいは「居場所」としての役割を担う。2012年の児童福祉法改正により創設された。

ミノリさんは、長男の幼稚園探しの際、加配制度のある幼稚園を求めて約50件もの園に電話をかけたが、断られ続けた過去がある。特性を理解し、専門知識を持って関わってくれる支援者の存在は、何物にも代えがたい安心感だった。

「全部を自分で背負わなくていいんだと思えたことが、一番大きかったです。必要な助けを借りることで、親も子も呼吸ができるようになりました」

また、病院選びもASDの「理解」があるかどうかを重視している。問診票に「発達障害」のチェック項目を設けている病院もあり、そうした配慮がある場所を遠方であっても選んできた。

「自分から口頭で伝えるのは勇気がいりますが、問診票にASDの特性を詳しく書くようにしています。あらかじめ伝えておくことで、先生や看護師さんも息子に合った対応をしてくれる。今では先生方と息子の信頼関係も築け、安心して通えています」

こうした、自ら環境を整える姿勢も、自分たちが心穏やかに過ごすための大切な鍵となっている。

その後、ミノリさんは「児童発達支援士」の資格を取得した。感覚や経験だけでは説明できない息子の行動の背景を、正しく理解したいと考えたのだ。

発達障害は人によって特性が異なると語るミノリさん

「ASDだから〇〇という見方をすると、その子自身が見えなくなる。診断名はあくまで特性の一側面にすぎません」

診断名で子どもをひとくくりにしてしまうと、かえって支援を誤ることがある。間違った対応は、子どもを守るどころか、追い詰めかねない。だからこそ必要なのは、「この子は何が苦手で、何が得意なのか」を丁寧に見ることだ。

「正しい支援は、正しい知識から生まれる」

この言葉は、ミノリさんの子育てを支える指針となり、感情だけでなく理由を理解することで、親としての余裕にもつながっていった。

「ただ預かるだけ」の現場に抱く危機感

支援に対して感謝の気持ちがある一方、支援の現場を知るほどに、無視できない違和感も膨らんでいる。

きっかけは、資格取得者たちの集いに参加したことだ。そこで耳にしたのは、支援の現場に立つ人の中にも、専門知識を持たないまま子どもに関わっているケースがある現実だった。

「正直、驚きました。福祉の看板を掲げている以上、関わる人は皆プロなのだと思い込んでいたので……」

一見、制度上のサービスは、専門的で安全なものに見える。しかし実際は、深刻な人材不足や研修体制の限界により、支援の質には大きな格差が生じている。本来の目的を見失い、実態は「ただ預かるだけ」になっている場所もあるというのだ。

ミノリさん自身は信頼できる事業所に巡り合えたが、支援に「当たり外れ」がある現実に、安心して任せきりにしてはいけないと痛感した。当事者と利用者であり、かつ学び手となったミノリさんにしか語れない、切実な声だ。

「支援があるから大丈夫で終わらせたくない。制度を批判したいのではなく、これだけ多くの家庭が助けを必要としている今だからこそ、提供される『質』を問い直したいんです。文句を言うのではなく、まず私たちが制度や知識をちゃんと知ること。それが大切だと思っています」

支援を「繋ぐ」 当事者ライターの決意

現在8歳になった長男は、成長とともにできることも、できないことも変化し続けている。だが、ミノリさんの「好きなことを、伸ばしてあげたい」という軸はぶれない。

同時に、視線は5歳の次男にも向けられている。兄のパニックを察して距離を取る次男の姿に、ケアが必要なのは上の子だけではないと痛感した。

ミノリさんは「下の子の予定を後回しにしないよう、意識して時間を取る。気持ちを言葉にして伝えることを大切にしたい」と、家族一人一人の心に寄り添う覚悟だ。

長男が作った「くるまくん」(提供写真)

同じ立場の保護者へ伝えたいのは、「1人ではない」ということ。助けを求めるのは弱さではない。声をあげれば支えてくれる人は必ずいる。

そして支援の現場で働いている人たちへは、「本当にありがとうございます」と純粋な感謝の心を持っている。

現在、ミノリさんはライターとして児童発達支援の分野に深く関わり、児童発達支援事業所の集客をサポートしている。

「質の高い支援情報を届けて、支援を必要としているお子さんと親御さんが、元気に過ごせたらいいなと思っています」

劇的な解決策があるわけではない。それでも、日々の生活で積み重ねられた「声」は、見えにくい場所で奮闘する誰かの明日を照らすはずだ。長男の歩幅に合わせながら歩むミノリさんの挑戦は、これからも続いていく。

▼ミノリさんのXはこちら