結婚生活の始まりは、穏やかで幸せなものだった。しかし、入籍したその日から夫の態度は一変した。真冬に冷たい水を浴びせられ、怒鳴られ、行動を監視される日々が始まった。やがて暴力の矛先は、当時0歳だった娘にまで向けられていく。
「逃げられない」「助けを求められない」と誰にも言えずに苦しんでいたMさん。それでも「この子だけは守らなければ」と娘を思う気持ちが、立ち上がる力をくれた。
「私は生きていていいし、愛されていい」
DV(家庭内暴力)の渦中にいた1人の女性が、DVの支配から抜け出し自分の人生を取り戻すまで。絶望の中から希望を見いだし、再び“生きる力”を取り戻した、1人の母親の物語をお届けする。
泣いていた日々から、笑える日々へ
「今が本当に幸せなんです」と穏やかに語るMさん。
にこやかな笑顔からは、かつてDVを受けていたとはとても想像できない。しかし、その笑顔の奥には、深い痛みを乗り越えてきた人にしかない、確かな強さがあった。
Mさんは、19歳と6歳の2人の娘を育てる母親だ。20代前半で最初の夫と結婚し長女を出産したが、幸せなはずの家庭は暴力によって壊れた。離婚を経て、数年後に出会った現在の夫と再婚し次女を授かる。
現在は、Mさん自身のライティングスキルを生かし、ライター養成講座を運営。受講生の心に寄り添う真摯なサポートが、受講生からも好評だ。
DVの矛先は当時0歳の娘にも
付き合っていた頃の元夫は、攻撃的な一面はなく、一般的な楽しい恋愛だったと振り返る。「この人となら幸せになれる」――。そう信じて疑わなかった。
だが、ほんの小さな違和感はあった。それはMさんの名前ではなく「お前」と呼ばれていたことだ。当時はそこまで気にしていなかったが、この呼び方こそが、後に訪れる支配の始まりを告げていたのかもしれない。
この“予兆”は、残念ながら現実になってしまった。入籍をしたその日から、元夫の態度は急に変わった。
真冬の夜、冷水を浴びせられたり、髪を掴まれて引きずられたりするようになり、やがて暴力は日常の中に溶け込んでいく。バッグの中にはGPSが仕掛けられ、携帯電話や日記は常にチェックされていた。
「ライターとして日記を書くのが好きだったのに、それすら見られてしまって。表現の自由が何もなかったんです」
外部との繋がりが断たれ、助けを求める発想すら浮かばなくなっていった。Mさんは「私が選んだ人だし、元夫のことを悪い人だと認めたくなかったんです。あとは両親をがっかりさせたくない気持ちがあり、誰にもSOSを出せませんでした」と話す。
妊娠中に手を上げられることはなかったが、出産後、暴力の矛先は生まれたばかりの娘にも向けられた。Mさんが入浴中、娘が泣き続けていたことに元夫が激しく怒り、まだ泣くことしかできない0歳の娘を、真っ暗な押し入れに閉じ込めたのだ。
「俺の価値を分からせる」と言い放つ元夫の姿を見て、Mさんの中で何かが音を立てて崩れたという。恐怖と絶望が入り混じる日々の中で、彼女はようやく「このままでは娘も自分も壊れてしまう」と感じた。
母として、娘を守らなければという強い思いが、これまで押し込めてきた気持ちを突き動かした瞬間だった。
実家へ逃れ、“自由”を取り戻す
DVから抜け出す決意をしたMさんは、娘を守るために行動に移した。今でもMさんは、逃げ出した日のことを鮮明に覚えている。
県外にある実家に「少し寄ってくるね」とだけ告げ、0歳の娘を抱いて家を出た。奇跡的にその日は、元夫の仕掛けたGPSが作動しておらず、母子は無事に実家へと向かうことができたという。
実家に帰宅後、初めてDVを受けていることをMさんの妹に打ち明けた。「もう頑張らなくていいよ」と言われた瞬間、張り詰めていた心がほどけ、涙が止まらなかった。
妹を通じてMさんの両親に状況が伝わり、両親がMさんの代わりに離婚の手続きを進めてくれた。やり取りは全て郵送で行われ、元夫と顔を合わせることはなかったが、離婚が成立するまでに1年を要した。
「離婚の話をしたときに、かなりごねられました。俺は好きだから別れたくないって」。長いようで短い1年だったと、Mさんは静かに振り返る。
実家に戻った日、Mさんの母と訪れた小さな動物園で久しぶりに笑えたという。「母にその時の私の顔が『本当に良かった』と言われました」
その日、Mさんはようやく“自由”を取り戻した。
しかし、元夫の暴力により心に深い傷を負った。強迫性障害を発症して精神病棟への入院も経験した。当時、手首に刻んだリストカット痕が今も痛々しく残る。何度も「もう生きたくない」と思う夜があったが、それでも彼女を繋ぎとめたのは、当時まだ幼かった長女の存在だった。
Mさんは「私が娘を守ったのではなく、私を守ってくれたのは娘でした。あの子がいたからDVから抜け出し、生きることができました」と涙ぐむ。苦しみの中で支えとなった“小さな命”が、Mさんに生きる理由を与えてくれたのだ。
人として愛されるということ
再婚したのは、長女が小学生になった頃だった。今の夫は、Mさんを“人として”尊重し、穏やかな日常を共に築いてくれる。怒鳴ることも支配することもなく、静かな会話ができる毎日が、凍りついていた心を少しずつ溶かしていったという。
長女は、再婚後の父親と血の繋がりがないことを知っていながらも、一度もそのことについて口にしたことはない。長女なりの深い信頼と感謝が込められているのだろう。
穏やかな生活の中で、Mさんはようやく“自分の価値”を受け入れられるようになった。「私は価値のない人間なんかじゃなかった。生きていていいし、愛されていい」。この言葉は、傷ついた心が見つけた“生きる意味”そのものだった。
DV加害者に多い特徴。身を守るための知識を
同じような状況の人にとって、DV加害者の特徴を知ることは、自分を守る手がかりになる。心理学や支援機関の報告によると、DV加害者に多く見られる傾向として、次のような特徴があるという。
- 他者を尊重しない言葉づかい:たとえば「お前」など、相手を対等な存在として扱わない言葉を使う。
- 過度な所有欲・支配欲:恋愛や結婚を“相手を支配できる関係”と誤解し、相手を自分の所有物のように扱う。
- 自己肯定感の低さと承認欲求の強さ:自信のなさを他者への支配によって補おうとし、「自分の価値を分からせる」などの発言につながる。
- 暴力の学習歴:幼少期に暴力を目撃・経験しているケースもあり、“暴力で感情を処理する”という誤った学習が根底にあると指摘されている。
これらは、全てのDV加害者に当てはまる特徴ではないが、違和感を覚えた時点で信頼できる人や機関に相談することが、自分と子どもを守る第一歩になる。
あなたの明日はきっと変えられる
同じようにDVで悩む人に伝えたいのは、暴力を受けていることを恥じなくていいということだ。逃げることは弱さではなく、生きるための選択であり、知識を持つことが自分を守る力になる。
DVの痕を写真に残すこと、病院で診断書をもらうこと、公的な支援を知っておくこと。これらは、当時のMさんが知らなかった「生きるための知恵」だ。
「知っているかどうかで未来は変わる」。その言葉には、経験から生まれた確かな重みがある。
DVによるトラウマをきっかけに障害者認定を受けたMさんは今、自らライター養成講座を立ち上げ、受講生のサポートを行っている。
「障害があっても、女性でも、自分の足で立っていい」と語る姿は、かつて“守られる側”だったMさんが、今は誰かを“支える側”として生きていることの証だ。
暴力の記憶や傷は消えることはない。それでも、Mさんはもう被害者ではなく、誰かの明日を照らす灯として、静かにそして力強く生きている。
1人で抱えこまずに行政・公的機関へ相談を
DVを受けている人の中には、「行政に相談してもいいのかわからない」「税金を払えない自分が頼るのは申し訳ない」と感じる人も少なくない。
行政は、税金を納めているかどうかではなく、“命を守ること”を第一に支援を行う。経済的に苦しい人こそ制度を使う権利がある。声を上げることは生きるための行動だ。
Mさんは「思っているほど行政は怖くないし、税金を払えない状況だとしても、堂々と相談していい。辛いときほど遠慮しないでほしい」と語気を強める。以下は、誰でも利用できる公的な支援窓口だ。
- DV相談ナビ(#8008):全国どこからでも最寄りの配偶者暴力相談支援センターにつながる。
- DV相談プラス:電話は24時間365日対応可(チャット相談は12時~22時)。多言語にも対応。
- 配偶者暴力相談支援センター:都道府県・市区町村が設置する専門窓口。避難や一時保護、法的支援なども可能。
- 女性相談支援センター(#8778):DVのほか、女性特有の悩みに応じた相談に対応。
- 各自治体の男女共同参画センター:地域に根ざした支援を行っており、生活・子育て・就労相談なども併設している場合が多い。
緊急時は、ためらわずに110番へ通報を。
