子どもへの性教育は、家庭でどう向き合うかによって大きく変わる。学校で学ぶ知識だけでは不十分だと感じながらも、いざ親として伝えようとすると「どこまで、どう話せばいいのか」と迷う人は少なくない。

今回取材したのは、幼い子から思春期、そして成人に至るまで、年齢の異なる子を育てる母親たち。それぞれが自身の経験を通して、家庭での性教育にどう向き合ってきたのかを語ってくれた。

恥ずかしさをどう乗り越えるか。命の重みをどう実感させるか。そして子どもの未来を守るために何を伝えるのか――。母親たちの等身大の声をお届けする。

気軽に話せる環境をつくりたい

高校生と大学生の3人の子どもを育てる50代のKさんは、「性教育にそこまで悩んだことはなかった」と話す。家庭では性に関する話題を自然に取り上げてきたからだ。

「子どもたちが小さい頃から『女の人には生理がある』『男の人は性的なものを見ると興奮する』といった話を普通にしていました」

長女と次女が初潮を迎えたときも、末っ子の息子は「お姉ちゃんが生理なんだ」と受け止め、家庭内にオープンな雰囲気が育まれていった。

一方で長女の「無知さ」に危機感を覚えたこともある。と言うのも、長女は中学1年生まで「手をつなぐと子どもができる」と信じていたのだ。友人から詳細を聞いてようやく誤解に気づいた姿を見て、「知らないことが一番怖い」と痛感したという。

子どもが性に興味を示した瞬間を逃さないことも大切にしてきた。子どもが中学生の頃に車中でいきなり「子どもはどうやってできるの?」と聞かれた際、Kさんは恥ずかしがらずに答えた。特別な「性教育の時間」を設けるのではなく、日常の会話の延長で伝えていく。それが彼女の基本姿勢だった。

知人から不妊治療の話を聞いたことも、性教育への意識を高めるきっかけになった。

「どんなに医療が発達しても、着床するかどうかは神のみぞ知る。赤ちゃんが生まれることは決して当たり前じゃないんです」

生命誕生の奇跡を実感する一方で、若い男女が衝動的に行為を重ね、望まない妊娠から中絶に至る現実もある。Kさんは「子どもを切実に望む人からすれば、理不尽に感じるだろう」と語気を強める。

命の誕生と中絶の現実。その相反する出来事に強い違和感を覚えたことが、性教育に対するKさんの強い意識を形づくってきた。

長女が大学生になり、彼氏と旅行に出かける際には避妊具(コンドーム)を渡し、「これを使ってくれない人なら付き合わない方がいい」と伝えた。「自分を守るのは自分である」という責任を、少し照れながらも強調した。

「赤ちゃんがどうやってできるかは学校でも教わるが、“どうすれば妊娠を防げるか”までは教えられない。だからこそ、避妊や節度を伝えることが必要だと思っています」

家庭では、姉が弟に「女の子には生理があるから優しくしなきゃ」と伝える場面もあった。性に関する会話が姉弟間でも自然に交わされるのは、親の姿勢が影響しているのだろう。

家族でラブシーンを観ても、気まずさではなく笑いが生まれる。子どもが恋人の存在を隠さずに話せるのも、「報告してくれたら100%応援する」というスタンスを一貫して示してきたからだ。

Kさんは「私の親世代の抑圧的な空気を繰り返したくなかった。だから反面教師にしています」と話す。恥ずかしさを越えて語ることが、子どもたちの安心につながると信じている。

性教育は命を守るだけでなく、子どもたちの未来や夢を守るための教育でもある。

「好きで付き合うことも、欲求を持つことも自然。でも一時の感情で子どもができたら、圧倒的にリスクを背負うのは女性です。それでもいいと思えるならばいいけれど、そうでなければきっと誰かのせいにしたくなる。望まない妊娠をして学業や夢を諦めることになってほしくない。正しい性教育が世の中に広がってほしい」

「性は恥ずかしいことなのか」――19歳と7歳の娘を育てるMさんの問い

19歳と7歳の娘を育てる40代のMさんは、日常の中で「性をどう伝えるか」という壁に直面してきた。

次女が6歳のとき、「お口と水着で隠れている場所はとても大事なところだから、簡単に人に触らせず大切にしてね」と伝えたところ、「ママやだ、そんな恥ずかしいこと言わないで」と返された。

すでに学校では、“性は恥ずかしいもの”といった空気が漂っている。そんな中、どうすれば性教育を明るく伝えられるのかとMさんは悩んでいる。

性に関する会話は、家庭内でも難しいと感じている。次女から「私はどうやって生まれてきたの?」と尋ねられ、精子と卵子の出会いを説明すると、夫が「何恥ずかしいことを言っているんだ」と間に入ってきた。Mさんと同世代の夫には「性は隠すべきもの」と刷り込まれており、その温度差を痛感する瞬間だった。

Mさん自身は22歳のときに、予期せぬ妊娠をし長女を出産した。長女の父とは家庭内暴力が原因で離婚。当時は戸惑いの中で「生む」選択をしたが、今は長女をかけがえのない存在だと感じている。自身の経験から「自分の人生を自分で選択していくためにも、”知識”というお守りを持ってほしい」と強く願うようになった。

家庭の形も、Mさんにとって性教育を考える土台になっている。離婚後に出会ったパートナーと再婚し次女が生まれた。現在の夫と長女とは血のつながりはないが、夫は毎日長女のお弁当を作り、変わらぬ愛情を注ぎ続けている。血のつながりではなく、信頼の積み重ねが家族をつくる――。そう実感しているのだ。

振り返れば、Mさんが受けた学校の性教育は、女子だけが教室に残って生理を学ぶ程度のものだった。そのため、大人になっても「生理は治った?」と誤った言葉を使う男性がいた。知識の乏しさが「性は隠すもの」「恥ずかしいもの」という意識を強化してきたのだ。

「私自身、そこで“男子には隠さなければならないものだ”という意識を植えつけられてしまったのかなと思います。もちろん、性はすごくセンシティブで丁寧に扱わなければならないものですが、だからといってNGなことではないはず。なのに“男子と共有してはならないもの”という空気ができあがってしまったと感じました」

妊娠や出産に関する教育も十分ではなかった。「誰でも望めば妊娠できる」という前提で語られ、不妊や病気の可能性には触れられなかった。不妊治療の現場で「原因は女性」とされることが多いのも、偏った教育の結果だと感じている。

だからこそ、性教育は保健体育の延長ではなく、「命の教育」としてきちんと向き合える時間があればと願っている。

長女の学校で行われた親子向けの性教育では、赤ちゃんの大きさを示すために小豆の粒が配られた。子どもたちは「命ってこんなに小さかったんだ」と小ささに驚いていたそうだ。Mさん自身も「とても印象に残る教材だった」と振り返る。

Mさんは「教科書の言葉だけじゃ伝わらない。手のひらにのせて『命ってこうなんだ』と実感できる方が、ずっと子どもの心に残ると思います。最終的に性教育は、自分の命を大切にすることに繋がっていく。性は恥ずかしいものではなく、むしろ幸せにつながるものだと、そんな風に受け止められる世の中になってほしいです」とにこやかに語った。

子どもに伝えられない性教育

「実は、娘とも息子とも、性教育について一度も話したことがないんです」。そう語るのは、18歳の娘と12歳の息子を育てるNさんだ。

頭では「話さなければ」と分かっていながらも、まだ話せずにいる親は少なくない。Nさんもその一人だ。

娘が中学生のとき、PTAの保護者向けの会議で「性教育をテーマにセミナーを開かないか?」という提案が持ち上がった。当初、学校側は難色を示したが、母親同士で集まり、実物の避妊具を使った性教育セミナーが開催された。「アダルト動画や本は大げさに表現されていることが多く、それをそのまま信じ込まないよう、子どもにも声をかけてほしい」と伝えられた。

Nさんは「性教育の話を聞けてよかった」と思った一方で、そこで得た知識を自身の子どもたちに伝えることは、まだできていない。

「息子には『相手の体や命を大切にしなければならない』と伝えなきゃと思いながら、言葉にできないんです。小学生のうちから性に関する本を読ませている家庭もあるのに、うちはまだ何もしていなくて」

そんなNさんを突き動かしたのは、知人の話だった。知人の中学生の息子が同級生を妊娠させ、中絶に至ったというのだ。子どもたちに悪気はなく、知識がないが故に起こってしまった悲しい現実だ。

「娘を持つ母親として本当に信じられなかった。もし知識がなくて相手を妊娠・中絶させてしまったら、とんでもないことになってしまうので、息子には中学生のうちに必ず話さなきゃと思っています」

娘に対しても課題は残る。小学6年生で初潮を迎えたものの、生理不順が続き、通院や投薬も経験した。娘の体の変化を支える一方で、「性や命」の話を深く交わしたことはない。

「娘はもう性について知っていると思います。今はまだ彼氏がいないようですが、もし彼氏ができて、親に言わずにこっそりと彼氏と会って、性交渉を断れない状況になったら……と思うととても心配です。本当は私から伝えなければいけないのに、うまく言葉にできなくて」

Nさんはかつてイギリスで暮らしていた経験もあり、日本とイギリスの性教育の差を痛感するという。イギリスでは映像教材を用いた性教育が当たり前に行われ、子どもたちはごく自然に学ぶ。しかし、日本では学校が性に触れることを避ける傾向が根強く、家庭にその役割が押し寄せている。

Nさん自身も子どもの頃、体系的な性教育を受けた記憶がほとんどない。小学生のときに生理の話を簡単に聞いた程度で、家庭でも性について語られることはなかった。

高校生で初交際相手ができても、性に対しては強い抵抗感があった。「勝手に悪いイメージばかりが膨らんで、必要以上に抵抗を感じてしまった。でも好きな人に嫌われたくない一心で、自分の意思を押し殺して応じてしまった」と振り返る。

夫とも性教育について話したことはなく、本来話し合うべきことを避けてきた実感があるNさん。子どもたちに望むのは、相手に合わせるのではなく、自分の意思を大切にすることだ。

「学生時代に本当は嫌だけど、好きだからといった理由で受け入れてしまいました。あのとき“嫌だ”と言えなかった自分を今でも思い出します」

だからこそ、子どもには同じ思いをしてほしくない。

「これからの子どもたちには、好きだから許すのではなく、嫌なことは“嫌だ”と言えるようになってほしい。相手と対等に話し合える力と、自分を守る知識と勇気を持ってほしい。それが本当の意味での性教育だと思います」

Nさんは人それぞれの表現があるからこそ、間違った先入観を与えないよう、少しずつ子どもに話していきたいと考えている。

性教育は命と未来を守る学び

3人の母親に共通していたのは、「性教育を通して命と人を大切にする心を伝えたい」という思いだった。

家庭でオープンに語ることで子どもに安心を与えたKさん、自身の経験を踏まえて「知識というお守り」の重要性を強調したMさん、そして葛藤を抱えながらも子どもの未来を思い続けるNさん。

性を「恥ずかしいもの」として隠すのではなく、命を守り未来へつなげるための学びとしてどう伝えていくか。形は家庭ごとに異なっていても、その問いを持ち続けることが、自分を守り、相手を尊重し、未来を切り拓いていく力になるはずだ。

そう信じて、私はこれからも性を恥ずかしいものではなく、命や未来につながる大切な教育として丁寧に伝え続けていきたい。