家庭の事情で親と一緒に暮らせず、児童養護施設で育つ子どもたち。千葉県在住の石井真奈美さん(28歳)もその1人だ。

幼い頃から母の統合失調症に翻弄され、安定した生活を送ることができず、小学5年生の春に施設へ入所した。施設へ行っても安心ではなく、緊張の日々の連続で、突然母から引き離された記憶が今でも深く刻まれている。

こうした経験は、子ども時代だけで終わるわけではない。大人になった今もなお、心の動かし方が分からなかったり、自分の居場所を探し続けていたりする人もいる。表には出にくい「生きづらさ」が、静かに長く続いていくのが現実だ。

今回は真奈美さんの歩みを通して、社会の片隅で取り残されている子どもたちの存在と、大人になってからも続く心の課題についてお届けする。

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統合失調症の母を支えた幼少期

真奈美さんの幼少期は、常に緊張の膜に覆われていた。母は統合失調症を抱えており、外の世界すべてが敵のように見えてしまっていたという。

「私が小学校を休んで給食を持ってきてくれた先生に対して、母は『毒が入っているから捨てて』と言うんです」

物心ついたときから、母が病気で話が通じないことをすでに分かっていた真奈美さん。

運動会の日の朝には、突然母に「家が盗聴されているから出るよ」と言われたこともある。

理由を説明されることはない。そのまま家を離れ、ビジネスホテルやラブホテルを転々とする生活が始まる。

お金が尽きると母は警察に助けを求め、最終的には祖父母が迎えに来る。その繰り返しだった。

「小学校は1年生から3年生までほとんど通えていないんです。母に行くなと言われたわけでもない。なぜか分からなかったけど、当時の私にとってはそれが日常でした」

家は安らげる場所ではなく、常に気を張らなければいけない空間だった。母の表情や言葉の変化を見逃さないように、いつも神経を尖らせていた。

小学1年生の頃から児童相談所の職員が様子を見に来ていたが、小学4年生の1月16日、その日は突然やって来た。28歳になった今でも日にちを明確に覚えている。

児童相談所の職員が家に来た瞬間、真奈美さんは「あ、終わったんだ」と悟った。

「施設に行くくらいなら死にたいと本気で思ってました。いじめられると思い込んでいたんです。施設へ行きたくなくて、母のチョコラBBを大量に飲んだこともあります」

生い立ちについて語ってくれた真奈美さん

家から離れたくないという思いより、知らない世界が怖かった。家庭という狭い世界でしか生き方を知らず、外の世界へと足を踏み出すことは、想像できないほど恐ろしかった。

結果的に真奈美さんは、3か月間児童相談所で過ごし、小学5年生の春に児童養護施設へ入所した。

家では母の感情に飲まれながらも、自分が場を仕切る側になることでバランスを保ってきた。しかし、学校や施設では、同じようにはいかない。

同室の子は気が強く、従わざるを得ない空気があった。もし反抗すれば居場所が失われる——。そんな恐れが染みついていた真奈美さんは、本当の自分を押し殺して同室の子に従った。

「施設でも、先生の言うことは全部聞いていました。実習生が施設の子どもたちに軽く扱われているのを見ると、『寄り添ってあげなきゃ』と思ってしまう。子どもなのに、大人をやらなきゃいけない感じでした」

大人を困らせない。
大人の機嫌を損ねない。

これが真奈美さんにとっての生存戦略だった。

このように精神が一足早く大人になる一方で、子どもとして大人に甘えた記憶はほとんどないという。

真奈美さんが中学2年生の頃に、同じ施設にいた2歳上の男の子と恋をした。だが、施設内で恋愛をしているのが周りに知られてしまうと「妊娠するのでは?」と問題になってしまう。

結局誰にも打ち明けることができず、誰にも打ち明けないまま終わった恋だったと振り返る。

恋をすることも、本音を漏らすことも、嬉しいことも、悲しいことも、すべて自分の中で完結させる。誰かに心の内を話すのが、許されないことのように感じられた。

「普通」を演じて生きるしかなかった

高校生になっても、心の中心にある「無」の感覚は消えなかった。他人から見れば普通に笑い、学校へ行き、友達とも話す。外側だけを見れば問題のない日常だが、内側では常に心が空洞のままだった。

「周りに合わせるのが当たり前で、自分がどうしたいのかなんて考えたこともありませんでした」と語る。施設で覚えた「従うことが正しい」感覚は、大人になっても続いていた。

本音を言えば距離を置かれるかもしれない。誰かを困らせてしまうかもしれない。そう思い、心の中にある言葉はすべて飲み込んだ。

「生きることに興味がない」。これは誰にも気づかれない真奈美さんの静かなSOSだった。

「危ない」と分かっていながら、SNSで知り合った人に夜中ふらっと会いに行ったこともある。

「何かあったらどうしよう」という恐怖と、「何か起きてもいいや」という諦めに近い感情が、同時に心を支配していた。

取材中も終始明るく振る舞う

生きたいわけでも、死にたいわけでもない。ただ、自分がここに存在する意味が分からない。「何か」が起きれば、この空虚さが埋まるのではないか。そんな期待すら抱いてしまう脆さが、彼女を支えていた。

「心の内なんて、誰にも話したことがなかったんです」

誰かに寄りかかった記憶のないまま、自分だけが広い世界に放り出されているような感覚。自分に価値がないから、母と離れ離れになってしまったという「無価値観」が真奈美さんの生きづらさの正体だった。

「自分を生きたい」という初めての感覚

そんな真奈美さんに転機が訪れたのは、社会人になって数年経ち、団体生活の名残で入居したシェアハウスでの出来事だった。

ある日、同じシェアハウスの住人からふいに言われた。

「真奈美ちゃんって、自己犠牲しているよね」

このたった一言に胸がギュッと締めつけられた。そんなつもりは一度もなく、「大人を困らせないように生きる」という子ども時代の延長線を、無意識のうちに続けていただけだった。

「その時に私は誰かに怒ったこともないし、悲しみもちゃんと感じたことがないなと初めて気づいたんです」と振り返る。

「自己犠牲」の一言をきっかけに、長年封じていた自分の感情に触れざるを得なくなった。

「本当の自分を隠しているのは逃げだよ」と言われた時、心の奥に押し込めていたものが一気に浮かび上がってきた。

母に対しても同じだった。子ども時代に味わった混乱は消えることはない。しかし、大人になった今、ゆっくりと過去を辿っていくと、見え方が変わっていった。

真奈美さんは「お母さんは悪い人じゃなかった。お母さん自身も苦しんでいた中できっと大切にされたかっただけなんだなと、やっと思えたんです。自分を大切にできない思考が偏りすぎちゃうと、それこそ病気になっちゃいますよね」と涙ながら語る。

それは母を許すということではなく、「母自身も助けを必要としていた」事実を、初めて理解できた瞬間だった。

それからは現実から逃げずに、自分の感情と過去の記憶に向き合い続けた。過去と向き合う作業は心が痛かったが、同時に自分がどれだけ長い間「本当の自分」を無視して生きてきたのかに気づかせてくれた。

お母さんとの関係性も少しずつ良くなっているそう

「私も自分を生きたい」

出口の見えないトンネルの先で、ようやく見つけた心からの願いだった。誰かの期待や状況に合わせるのではなく、自分自身の気持ちを基準にして生きたい。そんな感覚を抱いたのは、真奈美さんの人生で初めてのことだった。

同じ痛みを抱えた誰かに届く言葉を

自分の心と向き合い始めたことで、真奈美さんの中には1つの確信が生まれた。

「私みたいな子は、今も絶対にどこかにいる」

寄りかかる場所がないまま育ち、「助けて」と言えないまま大人になり、心の内側を押し殺して生きている人たち——。その姿にかつての自分が重なって見えた。

「私の経験を話すことで、誰かの救いになるかもしれないと思えたんです」

その後、潜在意識のコーチングと出会い、自分の痛みとゆっくり向き合っていく過程で、「傷を隠さずに生きること」が誰かの光になり得ることを知った。

そして今、真奈美さんは強い思いを持っている。

「傷ついた経験は、弱さじゃなくて宝物になります。あなたの傷は強みだよって、施設の子たちに伝えたい。本音を隠さず自分らしく生きてほしいなって」

過去の自分へ向けた言葉であると同時に、今まさに孤独の中にいる誰かへの言葉でもある。

11月26日(水)に誕生日を迎え29歳になる真奈美さん。記念すべき誕生日に初セミナー「2026年を設計するセミナー」を開催する。

真奈美さんと同じように孤独を抱えている人に、「あなたは1人じゃない」と伝えられる場所を作りたい。自分の傷と向き合い続けてきた真奈美さんだからこそ、人の痛みを抱きしめられる。その思いが、セミナーを開く原動力になっている。

「1人でも来てくれたら嬉しいです。2026年をもっと良くしていけるように、一緒に向き合っていきましょう」と笑顔で語ってくれた。

【残8席】2026年を設計するセミナー

主催の石井真奈美さん
  • 日時:2025年11月26日(水)10時~13時
  • 費用:3,000円(税込)

申し込みは真奈美さんのインスタグラムのDMへ、直接お問い合わせください。(イベントは終了しました)