小児科・保育園看護師のキャリアを持つ藤野早織さん(以下:早織さん)は、乳幼児期からの包括的性教育を届ける「ほほえみー」を主宰している。子どもたちへ性教育を伝える活動のほか、現在は保育士や幼稚園教諭向けの研修にも力を注いでいる。

性教育と聞くと、思春期の身体の変化や妊娠、避妊について学ぶものというイメージを持つ人は多いだろう。しかし、早織さんが伝えたいのは、性の知識だけではない。子ども自身が「自分も相手も大切な存在だ」と感じられる日々の関わりこそが、性教育において大切な役割を果たすという。

その始まりは、赤ちゃんの頃からの何気ない声かけや関わりにある。子どもの気持ちを受け止め、「あなたは大切な存在だよ」というメッセージを日々伝えていくことが、自分を大切に思う気持ちや、相手を思いやる心を育んでいく。

今回は、試行錯誤を重ねながら活動を続けてきた早織さんに、乳幼児期から始める包括的性教育のあり方について伺った。

「同意」と「バウンダリー」を大切に

早織さんの活動名は「ほほえみー」。合言葉は「ひと声かけて、丁寧に」。

言葉だけ聞くと、ふんわりしたスローガンに聞こえるかもしれない。でも早織さんがこの言葉に込めた想いはとても深い。

「ほほえみー」主催の藤野早織さん

「ひと声かける」とは、子どもを1人の人として尊重し、その気持ちや意思に目を向けること。その考え方の根底にあるのが、「同意」と「バウンダリー(心と身体の境界線)」という考え方だ。

同意と聞くと、「相手から許可をもらうこと」を思い浮かべる人が多いかもしれないが、早織さんの概念は、単に「いいよ」と言ってもらうことだけが同意ではない。

例えば、子どもが困っているかもしれないからと、大人がすぐに手を貸す場面がある。子どもが転びそうだから支える。時間がないから代わりにやってあげる。片付けが進まないから手伝う。

もちろん、どれも子どもを思っての行動だが、その子ども自身は本当に助けてほしいと思っているだろうか。もしかしたら、「自分でやってみたい」と思っているかもしれない。

「これってさ」「あのね」と身体への、おしゃべりが始まる(提供写真)

「何かをやってみて、仮にできなかったとしても、できなかった経験から気づきを得ることもありますよね。できてもいいし、できなくてもいいんです」

早織さんは、そうした子どもの気持ちに目を向けることが大切だと考えている。

「助けるかどうか」の前に、「どうしたい?」と聞いてみる。その子の気持ちや考えを受け取りながら関わることが、同意の始まりなのだ。

一方、バウンダリーは「ここまでは心地いいけれど、これ以上は嫌だな」と感じる、自分なりの心と身体の境界線のことを指す。人との距離感や触れられて嫌なところなどは、人それぞれ異なり、相手や状況によって変化することも。

自分以外の人が何をどう思っているかは、聞かないとわからない。

だからこそ、「大切なのは『こうするべき』と決めつけるのではなく、『この子はどう感じているんだろう』と関心を寄せて関わることだ」と早織さんは話す。

声かけから始める性教育

「相手がどう思っているかに関心を寄せること」は、生まれた時からできることだ。

赤ちゃんは、お腹が空いた時やおむつが濡れた時、泣いて大人に知らせる。まだ言葉は話せないが、赤ちゃんなりに、「何かを伝えたい」と表現しているのだ。大人はその声を受け取り、「お腹が空いたのかな」「眠いのかな」と考えながら関わっていく。

「赤ちゃんにとっては、泣くことが言葉なんです。大切なのは泣き止ませることではなく、その奥にある気持ちに目を向けることだと思います」

小さな命を腕に抱え、その重みや温もりを感じる子どもたち(提供写真)

自分の気持ちを表現すると、それを受け取ってくれる人がいる。困った時には応えてくれる人がいる。そんな経験の積み重ねが、子どもに「自分の気持ちを表現していいんだ」と安心感をもたらしていき、自分の思いを伝えられるようになる。

例えば、おむつを替える時、忙しいとつい何も言わずにおむつ交換を始めてしまうこともあるが、早織さんは、「替えるよ」とひと声かけることを大切にしている。抱っこする時も同様に、「抱っこするね」と声をかける。

「大人同士でも、いきなり身体に触れられたらびっくりしますよね。子どもも同じなんです」

相手が赤ちゃんであってもなくても、自分とは別の意思を持つ人として関わること。その心が、やがて自分も相手も大切にする関係性へとつながっていくのだ。

子どもの行動には理由がある

そんな早織さんのもとには、保育現場の先生達からさまざまな相談が寄せられる。その中でも印象的だったのが、給食中に性器を触り続ける男の子についての相談だった。

研修で先生達に渡しているリーフレット

相談してきた先生は、以前も、お昼寝時に性器を触る子について相談しており、その時は「眠りたくない」「安心したい」という子どもの気持ちに気づき、見守れるようになっていた。

その後、「給食中に性器を触る子」にどう関わればいいのか、改めて相談が寄せられたのだ。

早織さんはまず、先生に「給食のどのタイミングで触るんですか?始まる前?食べている時?それとも終わりがけ?」と尋ねた。先生は「終わりがけです」と答えたという。

続いて「その子は毎日触るんですか?」と聞くと、「毎日ではない」。そこで早織さんは、先生に「その子が性器に触った日の献立に、マーカーをつけておいてもらえますか?」とお願いした。

それからしばらくして、先生が持ってきてくれた献立表を見ると、ある共通点が見えてきた。

その子が性器を触る日は、苦手な食べ物が出る日と重なっていたのだ。好きなものを先に食べ終えた後、お皿には苦手なものだけが残る。「食べたくない」「でもどうしたらいいかわからない」。そんな落ち着かない気持ちが、性器を触る行動につながっていたのではないか?と考えることができた。

それまで先生は、「手が汚くなるから洗ってきなさい」と注意していたという。そこで、苦手な食べ物が出た日は、「給食を終わりにする?まだ食べる?」と、子ども自身がその後の行動を選べるような声かけに変えていった。

すると、給食中に性器を触る行動は見られなくなったそうだ。

子どもが困った行動をした時、その行動だけを見て「ダメ」と伝えるのではなく、「なぜその行動をしたのだろう」と背景に目を向けること。そこに、子どもの心を理解するための大切なヒントが隠れている。

保育現場の先生たちへ研修を行う早織さん(提供写真)

この考え方は、早織さんが伴走する、別の保育園でも少しずつ根付いていた。

保育の活動の中で、担任の先生が2人の女の子に、お片付けをお願いした場面での出来事だ。その場面を見ていた別の男の子が、「僕も一緒にやりたい」と声をかけてきた。

先生は一瞬、「いいんじゃない?」と言いかけたが、早織さんの研修時の言葉を思い出し、すぐに答えを出さず、まず女の子たち2人に聞いてみることにした。

「〇〇くんも一緒にやりたいって言っているけど、どうする?」

すると2人は顔を見合わせ、少し相談したあと、「ちょっと嫌かな」と答えた。先生はその気持ちを受け止め、男の子には別の関わり方を提案した。すると、その後の女の子2人の片付けは驚くほどスムーズに進んでいったという。

早織さんは、「大人は良かれと思って先に答えを出してしまいがちですが、その子がどうしたいかは、聞いてみないとわからないんですよね」と語る。

「ダメ」と言うだけでは伝わらない

早織さんが今の考え方にたどり着いたのは、保育園看護師として働いていた頃の出来事がきっかけだった。

当時、男の子が女性保育士の身体を触る行為があった。先生は「触っちゃダメだよ」と伝えるが、しばらくすると、また同じことを繰り返す。何度も注意するものの、男の子の行動は変わらなかった。

子どもに悪気があるわけではないが、どう伝えたらいいのかわからない。先生たちも戸惑い、早織さん自身も答えを見つけられずにいた。

そんな時に出会ったのが、「プライベートゾーン」という言葉だ。

「これなら伝えられるかもしれない」と思い、子どもたちへ「身体には大切な場所があること」や「人の身体は勝手に触らないこと」を一生懸命伝えた。

子どもたちは熱心に聞いてくれたが、その後、友達が誰かの身体を触った時、「そこはプライベートゾーンだよ!」「触っちゃダメ!」と、子ども同士で注意し合うようになった。結果的に、園には小さな早織先生がたくさん生まれる事態になってしまった。

「私は子どもたちに、『注意できる子』になってほしかったわけじゃなかったんです。自分のことも相手のことも大切にしようねと伝えたかった。これでは誰も幸せにならないと思いました」

「心臓はいつから動いているんだろう?」と自分の始まりを知っていく(提供写真)

子どもたちに必要なのは、「ダメ」という知識を増やすことなのか。それとも、自分がどう感じているのかを知り、相手はどう感じているのかを想像できる関わりなのか。

そんな問いを抱えていた時に、同意やバウンダリーという考え方に出会い、それまで点だった出来事が少しずつ1本の線としてつながっていったという。

「あの頃の私は、行動を変えることばかり考えていました。でも今は、その子が何を感じていて、何を伝えようとしているのかを知りたいと思えるようになりました」

その視点の変化は、現在の「ほほえみー」の活動にも、保育者へ伝える言葉にも、静かに息づいている。

自分も相手も大切にできる未来を

早織さんが保育の現場で子ども達と向き合う姿を、一番近くで見てきた娘は、今保育士を目指している

「娘が保育士になって、『行ってきます』と笑顔で家を出て、『今日も楽しかった』と帰ってこられるような保育園が増えてほしいですね」と語る早織さん。その願いは、1人の母として娘に向けた思いであると同時に、保育に携わる全ての人への願いでもある。

子どもたちの成長に寄り添いながら、心と身体のお話を伝えている(提供写真)

子どもたちが安心して毎日を過ごせることはもちろん、保育士も保護者も、「明日も保育園に行こう」と前向きな気持ちになれる場所を増やしたい。その思いが、「ほほえみー」の活動を続ける原動力になっている。

性教育に難しさを感じている保護者へメッセージをお願いすると、早織さんは少し考えてから、穏やかな口調でこう話してくれた。

「『性教育って難しくないですよ』と言われることがあるんです。でも私は、『難しい』『できない』と思う気持ちも、大事にしてほしいなと。無理に頑張らなくていいんです。まずは、お母さん自身が、自分の心と身体を大切にすること。子どもを大切にしたいと思うなら、まずは自分も大切にしていい。その気持ちから始めていけたらいいなと思っています」

「ちゃんとやらなきゃ」と肩に力を入れる必要はない。目の前の子どもにひと声かけ、気持ちに耳を傾ける。その小さな積み重ねが、早織さんが伝えたい性教育だ。

「子どもたちの“らしさ”を大事にする先生たちに、先生たち自身も“らしく”いてほしい。それを応援したいんです」

その言葉通り、早織さんは今日も、目の前の子どもや先生たちの「らしさ」に寄り添い続けている。

▶︎ 「ほほえみー」のインスタグラムはこちら

この記事を書いた人

フォスター詩織

Kotonohaメディア代表。声なき声をすくい上げ、社会へ届ける活動を軸に執筆を行う。多様な生き方と価値観を尊重し、共感と気づきを生む記事制作に尽力中。