3年間メキシコで暮らしていた、「Re:en」代表のサオリさん。MEOやLINE運用などのデジタル伴走支援サービス「あっとデジタル」などを展開している。メキシコに住んだきっかけは前職の仕事だったが、現地で目にしたのは観光ガイドには載らない景色だった。
電柱に貼られた行方不明女性のポスターや、街頭に溢れるフェミニストデモ(性別による差別や不平等、性暴力、賃金格差、家事・育児の負担の偏り、政治や職場での男女格差などに対して、「もっと平等に」「権利を守ってほしい」と訴えるために行われるデモ)、そして、麻薬カルテルとのトラブルで命を落とす人が毎日いる。
南米の陽気な雰囲気とは裏腹に、メキシコには女性をめぐる複雑な文化が根付いている。今回は、現地での暮らしを通じて、サオリさんが目にしたメキシコの家庭事情や女性の権利についてお届けする。
陽気な国メキシコの光と影
メキシコは、世界遺産の登録数が36件でアメリカ大陸最多を誇り、古代マヤ文明の遺跡やカリブ海のリゾートが世界中から旅行者を引き寄せる観光大国だ。首都メキシコシティは、周辺地域を含めると人口約2000万人を超える巨大都市で、活気あふれる都市文化と歴史が共存している。
一方で、治安の問題は深刻だ。2024年の殺人件数は約26,000件と、日本の約19倍の水準で推移している。なかでも女性を標的とした暴力「フェミサイド」は深刻で、政府統計によると、毎日平均10人の女性が殺害されている。
さらにメキシコ女性の3人に2人が、何らかの形で暴力の被害を経験したことがあるという。陽気な笑顔と隣り合わせに、女性たちの厳しい現実がある。それがメキシコという国だ。
メキシコシティの街を歩くと、電柱や壁に1枚の紙が貼られているのを目にする。顔写真と名前、そして「捜しています」という文字。行方不明になった女性や子どもを捜しているポスターだ。
2020年4月、サオリさんは自動車部品関連会社の仕事をきっかけに、メキシコでの生活を始めた。メキシコに住む前は旅行で訪れたこともある。中南米特有の開放感と、現地の人々の人柄に惹かれていた。

「メキシコ人の男性は、レディーファーストの人がすごく多いんですよ。電車でも席を譲ってくれるし、ドアを開けてくれたり、道を譲ってくれたり。女性や年配の方、子どもに対してすごく優しい人が多いかなという印象ですね」
職場でも、サオリさんの直属の上司はメキシコ人の女性だった。女性管理職が多く、男女の隔たりをさほど感じない環境だったが、やがてレディーファーストの裏に潜むものに気づいていく。
レディーファーストの影で続く女性への暴力
「レディーファーストは、男性と比べたときに女性の方が立場的に弱いからこそ、生まれた文化だと思うんですよね。男性が手助けするという考えが根付いた先に、レディーファーストがあって」
メキシコには「マチスモ(machismo)」と呼ばれる男性優位の思想が根付いている。男らしさや強さを美徳とし、女性よりも男性が優位であるという価値観で、中南米全体に広く見られる文化的特性だ。
「筋肉質な体格でなければ本物の男ではない」「ピンクの服を着る男性はゲイだ」といった意識も根強く、アメリカでも同様の傾向が見られるという。
こうしたマチスモの延長線上にあるのが、「フェミサイド(femicide)」と呼ばれる女性を標的とした殺害だ。男性が世の中を支配すべきという考えが、女性への差別や暴力へとつながっていく。
SNSで活躍する女性インフルエンサーをよく思わない男性も少なくなく、2024年にはTikTokのライブ配信中に女性が射殺される事件も起きている。陽気な国民性の裏側に、女性たちが日々向き合う厳しい現実が潜んでいるのだ。
マチスモという言葉はメキシコのものだが、女性を抑圧する構造は国や宗教を超えて、世界のあらゆる場所に存在している。サオリさんが目にしたメキシコの現実は、決して遠い国だけの話ではないのかもしれない。
都心部から離れた地方では、女性は家にいて男性が働く価値観がいまなお残っているという。そんな文化の影響からか、女性へのDV被害や誘拐は後を絶たない。サオリさんの周囲でも、元交際相手から暴力を受けていた女性の話を耳にしたことがあるそうだ。
「結構、暴力的な男性が好きな女性もいるんですよ。昔ながらの価値観が根付いているから、そういう男性に憧れてしまう女性もいます」と語るサオリさん。
都市部と地方では意識の差も大きい。レディーファースト文化と行方不明のポスター。その両方が、同じ街の風景に存在していた。
女性の管理職が増え、権利を求めるデモが活発
サオリさんが暮らしていたメキシコシティは、人口約2000万人を超える巨大都市だ。地方とは異なり、女性が外に出て働くことへの抵抗感は薄い。
「メキシコの企業は、トップに女性がいることが普通なんですよね。今の大統領も女性ですし」
日本のメキシコ大使館とメキシコの日本大使館を並べた投稿をSNSで見たことがある、とサオリさんは話す。メキシコ側はトップを含めほぼ女性で占められているのに対し、日本側はおじさんばかりだったという。笑い話のようで笑えない現実でもある。

週末になると、メキシコシティの街なかでデモが行われることがある。メキシコ人の友人もフェミニスト運動に参加していた。サオリさんは「日本よりも、男女間の格差に関心を持っている人が多い」と話す。
日本では声を上げることに慣れていない。デモという行動に対してどこか構えてしまう空気が、日本にはある。メキシコの女性たちが街頭に出て声を上げる姿は、サオリさんにとって新鮮に映った。
あくまでこれは都市部の話で、地方に行けば女性が外に出にくい空気は依然として残っている。女性活躍と男性優位思想が、同じ国の中に並存しているのだ。
命と隣り合わせの日常
メキシコに住む人々は陽気でよく笑う。道端で声をかけ合い、初対面でも距離が縮まるのはあっという間だ。しかし、その明るさの奥には、日本では想像しにくい経験が積み重なっている。
「深掘りをしていくと男女関係なく、みんな怖い経験をしているんです」
メキシコ人の友人は、ある日突然、見知らぬ車に連れ込まれそうになった。麻薬カルテルのメンバーだと人違いされたのだという。また、親族を突然失った経験を持つ人も、周囲に少なくはなかった。戦争が起きているわけでも、災害があったわけでもない。それでも命は唐突に失われる。
レストランで席に着くときも、男性は必ず入り口が見える側に座った。何かあったらすぐ気づけるようにするためだという。
そもそも、なぜ人は麻薬カルテルに入るのか。「都市部は仕事があるけど、地方は仕事がないんですよね。家族を養っていくために、麻薬カルテルに入ってしまうのかなと思います。莫大な資金が手に入る反面、抗争に負けて、家族を失う場合もありますが」と話すサオリさん。

一方で家庭環境については意外な答えが返ってきた。メキシコは家族の絆が非常に強く、育児放棄や親子関係が悪いという話はあまり聞かないという。
「メキシコ人は家族仲がすごくよくて、男性のマザコンも多いです」
家族を深く愛しながら、家族のためにカルテルへ入る。その矛盾をサオリさんはこう語った。
「最低限の生活はできるけど、決して裕福じゃない。家族のために、そっちの世界に入っていってしまうんだと思います」
もう1つ、メキシコには世界に知られた不名誉な記録がある。それは、戦争状態にない国でありながら、民間人の殺害数が世界トップクラスだという事実だ。とりわけ深刻なのがジャーナリストへの暴力で、その殺害数は世界最多とも言われている。
カルテルの実態や政府の腐敗を報じた数日後、あるいは翌日に命を落とすジャーナリストが後を絶たない。それでも報道をやめない者たちがいる。
「狙われるとわかっていても、真実を伝えようとする。メキシコのジャーナリズムは本当にすごいですよね」
命と引き換えに真実を届けようとする姿勢は、サオリさんの目に深く焼き付いている。情報が溢れながらも、都合の悪いことには触れない空気が漂う日本とは、何かが違うと感じた。
環境や視点を変えて一歩踏み出す
3年間のメキシコ生活が、サオリさんに与えたものは何だったのか。
「日本は閉鎖的で、生きにくさを感じている人も多いです。海外に行ってくださいとまでは言わないですが、何か悩みがあるならば、環境を変えるのも1つの手ですね」
見慣れた場所を離れることで、見えてくるものがある。日本の豊かさも息苦しさも、メキシコに住んでみて実感したことだ。今、何か生きにくさを感じているならば、その答えはいつもと違う景色の中にあるのかもしれない。
▶︎サオリさんのホームページはこちらから
この記事を書いた人

フォスター詩織
Kotonohaメディア代表。声なき声をすくい上げ、社会へ届ける活動を軸に執筆を行う。多様な生き方と価値観を尊重し、共感と気づきを生む記事制作に尽力中。
