病気や事故などで身体の一部を失った時、見た目の変化に戸惑ったり、人目が気になって思うように行動できなくなったりすることがあります。

そんな時、自分らしく生活するための選択肢の1つとなるのが「エピテーゼ」です。シリコンなどを用いて、失われた指や耳、乳頭などを本物に近い形や色で再現するもので、1人ひとりの身体や希望に合わせて製作されます。

エピテーゼラボメルシーの人体修復物制作技術者、石井早良さん(以下:早良さん)は、約13年にわたりエピテーゼの製作に携わってきました。使う人の生活スタイルや思いを丁寧に聞き取りながら、その人に合った形を提供しています。

今回は、早良さんがエピテーゼと出会ったきっかけや製作に込める思い、そして必要とする人に選択肢を届けるための取り組みについて、お話を伺いました。

美大での学びからエピテーゼ製作の道へ

エピテーゼラボメルシーの人体修復物制作技術者、石井早良さん

——現在は「人体修復物製作技術者」として、エピテーゼの製作に取り組まれています。まずは、これまでの経歴について教えてください。

早良さん:もともと子どもの頃から絵を描いたり、ものを作ったりすることが好きで、美術大学に進学しました。大学では油絵を専攻しながら、立体作品を作ったり、パフォーマンスを学んだりと、さまざまな表現に触れていましたね。

また、私はもともとメイクが好きで、私自身もメイクによってコンプレックスをカバーできることを実感していました。

大学卒業後は、美術の道ではなく形成外科のスタッフとして働きました。そこで初めてエピテーゼを目にしたんです。

当時は、今のような質感ではなく、手品に使うようなプラスチックに見えて、「こういうものがあるんだ」と思う一方で、「自分だったら、これはちょっとつけたくないな」と感じました。

その後、しばらくエピテーゼからは離れていたのですが、母から勧められていたこともあり、メディカルメイクを学ぶことにしました。

——メディカルメイクとは具体的にどのようなメイクでしょうか?

早良さん:傷痕を目立たなくしたり、白斑のある方の肌の色の境目を自然になじませたりするメイクです。

当時は、このまま形成外科のスタッフの仕事を続けていくのか、それとも絵に関わる仕事をしたいのか、将来について迷っていた時期でした。そんな時、メディカルメイクを学べるスクールがあると教えてもらい、通ってみることにしたんです。

そのスクールで出会った先生が、エピテーゼの製作もされていました。先生から「美術をやってきたなら、向いているんじゃない?」と言っていただいたことがきっかけで、エピテーゼの製作も学び始めました。

学びを進める中で、美術大学で身に付けた色の知識や、立体を作る経験が、エピテーゼの製作にそのままつながっていると実感するようになりました。

自分がこれまでやってきたことが活きているのも嬉しいですし、何より患者様のお役に立てることにやりがいを感じています。

現在は、病院からご依頼をいただくほか、患者様ご本人が私のホームページを見つけて問い合わせてくださることもあります。

以前、石川県に住んでいた頃は、地元のクリニックや金沢医科大学の形成外科などからご依頼をいただいていました。東京に引っ越してからも、金沢市の赤十字病院からお声がけいただくなど、病院と患者様ご本人の両方からご依頼をいただいています。

その人に合う形をつくる

——エピテーゼ製作の流れを教えてください。

早良さん:まず、患部の型を取ります。その型を持ち帰り、「復元彫刻」と呼ばれる工程で、ワックスを使い本物そっくりの形に彫刻していきます。できあがったワックスの形をもとに、今度はシリコンを流し込むための型をつくります。

シリコンを成形する際には、外側から着色するだけでなく、内側からも色をつけておきます。血管や赤みの強い部分などをあらかじめ再現しておくことで、色が落ちにくくなるからです。

その後、再び患者様にお会いし、実際に患部にはめたり、貼り付けたりした状態で、周囲の肌の色に合わせて表面を細かく着色していきます。

——エピテーゼを製作するにあたり、こだわっていることはありますか?

早良さん:患者様がエピテーゼを「どう使いたいのか」を詳しくお聞きしています。例えば、指のエピテーゼの場合、パソコン作業が多い方には、作業しやすいように硬めのシリコンを使います。

一方で、旦那さんやお子さんと手をつなぐ機会がある方は、硬いと不自然に感じられることもあるため、より柔らかい素材を選ぶことも。屋外での作業が多い方には、日焼けによる肌の色の変化も考慮して、少し濃いめの色に調整することもあります。

このように、使う場面や生活スタイルによって、適した硬さや形、色は変わってきますね。なので、まずは1人ひとりの話を丁寧に聞くことを大切にしています。

——細やかな部分まで再現されるのですね。

早良さん:そうですね。ご自身の身体の一部になるものなので、もともとほくろがあった場所にはほくろを入れたり、血管の位置を合わせたりすることもあります。欠損する前の写真があれば、それを参考にして、タトゥーなども含めて以前の状態に近づけることができます。

ただ、全ての方が本物そっくりの再現を希望されるわけではありません。以前の形にこだわるよりも、使いやすさを重視したいという方もいらっしゃいます。

本物そっくりに作ることも大切ですが、何よりも大事なのは、その方がどう使いたいかというご要望です。シリコンの状態で一度確認していただき、「もう少しこうしたい」という希望があれば、作り直すこともあります。その方に本当に満足していただけるものを目指して、細かな調整を重ねています。

外に出る自信を取り戻す

——これまで患者様と接する中で、特に印象に残っているエピソードはありますか?

早良さん:40代後半の女性で、赤ちゃんの頃に怪我をして、指の先端から第一関節あたりまでを失われた方がいらっしゃいました。当時は形成外科がなかったため、指の先端部分が丸く大きくなった状態で、いつも手を隠して過ごされていたそうです。

その方が「エピテーゼを作りたい」と相談に来られたのですが、製作には難しい点がありました。エピテーゼは指にはめて装着するため、指の根元側よりも先端側が太くなっていると、うまく固定できません。

無理にきつく作ると指を圧迫してしまいますし、緩くすると浮いてしまいます。どうすれば使いやすく、自然に装着できるのか悩みました。

そこで、形成外科の先生に相談したところ、先端部分を少し細く整える手術を提案していただきました。手術をすれば、エピテーゼを装着しやすくなるだけでなく、装着していない時も指の形が目立ちにくくなる可能性があると教えてもらったんです。

その内容を患者様にお伝えしたら、「手術を受ける」と決心され、医師と連携しながら指の形を整え、エピテーゼを製作しました。

実は、その方には、地元で毎年開かれる大きなお祭りで踊りたいという願いがありました。でも、踊る際にどうしても手や指が見えてしまいます。指を見られることが恥ずかしくて、これまで一度も参加できずにいたそうです。

「エピテーゼを作って、お祭りに出られるように間に合わせましょう」と、一緒に製作を進め、後日その方から「つけて出ました」とメールをいただきました。

メールをいただいた時は本当に嬉しかったですね。エピテーゼを作ることが、その方が長年諦めていたことに挑戦するきっかけになった。この経験は今でも強く心に残っています。

——エピテーゼによって、見た目だけでなく、その方の行動にも変化があったのですね。

早良さん:エピテーゼをつけることで、鏡を見た時の印象が変わったり、自信を持って外に出られるようになったりする方はいらっしゃいます。

たとえば乳房の場合も、手術によって形や重みが変わることで、「自分の中で何かがなくなった」と感じる方がいます。そこにエピテーゼという選択肢があることで、もう一度自分らしく外に出てみようと思えることがあるんです。

だから私は、単に形を作っているというより、その方がもう一度前を向くためのきっかけをつくっているのかもしれないと思っています。

知られていない選択肢

——素晴らしい活動の反面、エピテーゼが社会に浸透していないと感じる場面もありますか?

早良さん:私自身、13年ほどエピテーゼを製作していますが、「エピテーゼ」という名前がなかなか浸透していないと感じます。

実際にエピテーゼを提供した患者様からは、「もっと早く知りたかった」と言われることが本当に多いんです。

エピテーゼを必要としている方が、どうやってエピテーゼにたどり着くのかということも課題だと思っています。「エピテーゼ」という言葉自体を知らなければ、検索することもできないからです。

「義肢」などから調べて、そこからエピテーゼにたどり着き、さらに個人で製作している人のホームページを探すとなると、いくつか段階を踏まなければいけません。

活動を始めた当初は、患者様のプライバシーに関わることでもあるので、「あまり公にするものではないのかな」という気持ちもありました。

センシティブな面もありますし、どう発信していけばいいのか難しさを感じていたんです。Instagramで投稿することはあっても、なかなか広く伝えることには踏み出せずにいました。

——発信に難しさを感じていた中で、何か考え方が変わるきっかけがあったのでしょうか?

早良さん:2年ほど前のことです。アクセサリーなどを制作している作家の友人から、私が作った指のエピテーゼとコラボレーションして、アクセサリーを作りたいと声をかけてもらいました。

最初は、正直抵抗がありました。エピテーゼを自分の身体の一部だと感じている方もいる中で、それをアクセサリーとして扱っていいのだろうかと考えたんです。

でも、友人から「広めていくためには、まず『これは何だろう?』と知ってもらうことも大切なのでは」と言われ、確かにそうかもしれないと思いました。

アクセサリーをきっかけに、身に付けた人が周囲に伝えてくれるかもしれませんし、患者様ではない方にも、こういった仕事があることや、身体の一部を失った場合にもエピテーゼという選択肢があることを知ってもらえるかもしれません。

エピテーゼは、医療とアートが融合したもの。そのように捉え直したことで、もっと積極的に発信していこうという気持ちになりましたね。

——発信を通じて、どのような気づきや手応えがありましたか?

早良さん:マルシェに出展した時は、たくさんの方がブースに来てくださり、子どもたちも「触ってみたい」「これ何?」と興味を持ってくれました。

一方で、エピテーゼを知っていたのは、指のエピテーゼを作った経験がある方、たった1人だけ。この経験から、必要としている方に情報を届けることはもちろん、まずは多くの人にエピテーゼの存在を知ってもらい、興味を持ってもらうことが大切だと感じました。

実際、子どもの頃に遊具や扉に指を挟んで指を失ってしまうケースもありますし、生まれつき耳が小さい「小耳症」の方など、エピテーゼを必要としている方はさまざまです。そうした方やご家族にも、早い段階で選択肢を知ってもらえたらと思うようになりました。

今は若い世代にも届けたいと考え、TikTokでの発信にも挑戦しています。すると、いろいろな方から「これ何?」と反応をいただくようになったんです。

まずは興味を持ってもらうことを入口に、エピテーゼを知る機会を少しずつ広げていきたいと思っています。

選べる未来を増やしたい

——今後、エピテーゼを通して取り組んでいきたいことはありますか?

早良さん:まずは、「エピテーゼ」という名前で検索すれば、必要な情報にたどり着けるくらい、エピテーゼそのものを広めていきたいです。

そしてもう1つ、医師の先生方とのつながりを深めていきたいと思っています。患者様にとっては、手術をする前に「こういう選択肢もありますよ」と知っているだけでも、気持ちは全然違うんじゃないかなと。

実際に、私が以前住んでいた石川県では、病院と連携しながらエピテーゼを紹介してくださる医師の先生もいました。今は関東にいるので、これからは関東の先生方ともつながっていけたらと思っています。

——最後に、身体の一部を失われた方へ向けてメッセージをお願いします。

早良さん:エピテーゼは、身体の形を取り戻すための「選択肢の1つ」です。手術やアートメイクなど、さまざまな方法がありますが、エピテーゼを選ぶこともできますし、何も選ばないという選択もあります。

大切なのは、どの方法を選ぶかではなく、自分らしく自信を持って生活できることだと思っています。

身体の状態やエピテーゼを使用する部位によっては、製作や装着が難しい場合があります。例えば、顔の近くにやけどを負われた方などは、エピテーゼを貼り付けても問題がないか、医師の診断や確認が必要になることも。その場合は、医師に確認していただいた上で進めることもできます。

また、自治体によっては、エピテーゼの購入などに対して助成金が出る場合もあります。対象となる方や条件は自治体によって異なりますが、そうした制度についても、必要な方にはご案内可能です。

もし気になることがあれば、作れるかどうかは一旦置いておいて、お話だけでも大丈夫です。電話もしくはSNSからお気軽にご相談ください。

——早良さん、貴重なお話をありがとうございました!

エピテーゼを必要とする人へ

エピテーゼは、身体の一部を失った方が自分らしく生活するための選択肢の1つです。「もっと早く知りたかった」という声をなくすためにも、まずはエピテーゼの存在を知ってもらうこと。そして、必要とする人が選択肢にたどり着けるようにすること。

早良さんの活動が、誰かの新たな一歩につながっていくことを願っています。

エピテーゼについてのご相談・お問い合わせは、エピテーゼラボメルシーの公式サイト・SNSをご覧ください。

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この記事を書いた人

フォスター詩織

Kotonohaメディア代表。声なき声をすくい上げ、社会へ届ける活動を軸に執筆を行う。多様な生き方と価値観を尊重し、共感と気づきを生む記事制作に尽力中。